部下の美少年にあてたものでした。・・・って昨日にひきつづき男色ネタです。
一、弥七郎にしきりに度々申し候へども、虫気の由申し候間、
了簡なく候。全くわが偽りになく候。
一、弥七郎伽に寝させ申し候事これなく候。この前にもその儀
なく候。いはんや昼夜とも弥七郎とその儀なく候。なかん
づく今夜存知よらず候のこと。
一、別して知音申し度きまま、急々走り廻ひ候へば、かへって
御疑ひ迷惑に候。
この条々、偽り候はば、当国一ニ三明神、富士、白山、ことに
は八幡大菩薩、諏訪上下大明神、罰を蒙るべきものなり。よっ
て件の如し。内々宝印にて申すべく候へども、甲役人多く候間、
白紙にて。明日重ねてなりとも申すべく候。
七月五日 晴信(花押)
春日源助どの
「一、今まで弥七郎にアプローチしたことはありますが、腹痛などと言って断ら
れました。ほんとですから。
一、弥七郎と寝たことはありません。以前にもそんなことはありません。昼も
夜もそんなことありません。ましてや今夜、そんなことになるはずがありま
せん。
一、特にあなたと結ばれたいといろいろと考えているのに、かえってあなたに
疑われて困ってしまいます。
このことにうそはありません。うそがあれば、天罰を受けるでしょう。本来な
ら宝印に記すべきなのですが、役人の目とかもあるので、普通の紙に書いてし
まいました。明日またちゃんとします」
・・・・こんな風に書かれた晴信=信玄のラブレターは春日源助=高坂弾正にあ
てられたものでした。高坂弾正と言えば、上杉謙信との最前線にある海津城をま
かされるぐらいの勇者ですが、大変な美男子であったと言われています。武田信
玄ほどの武将がここまでへりくだって手紙を書いているのですから、よほど惚れ
ちゃったんでしょうね。この手紙は信玄25歳、高坂19歳のときのものと言われま
すがはっきりとしません。教科書とかにも肖像がよく載っていますが、あの信玄
の目、そういえば、なんか変態っぽいなぁ。当時は主従の結束を強めるため、あ
る程度、こういうことが認知されていたのですが、それにしてもこのラブレター、
そういうレベルを超えているようですね。会議のときなんかも高坂を見て、いっ
ぱい妄想とかしてたりして。すごっ・・・。ちなみにボクはノーマルですので、
会議の時はちゃんと「女性」を見て妄想してます(それもダメだってッ)。
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